YUJI TAKAHASHI 1

若い音楽家たちとなら
いっしょに音楽することができると思ったのも
幻想に過ぎなかった
若いのは外見だけでほとんどは
いまなおヨーロッパの規範に追随して技術をみがき
洗練されたうつろな響を
特殊奏法やめずらしい音色や道化芝居でかざりたてて
利益と地位だけが目当てのものたちばかりだった
いまコンサート会場に音楽はない
きそいあう技術や書法や確信にみちた態度
持てるものがもっと持ちたいという欲望
そのための神経症的な努力


努力は得ることではなく手放すこと
思想にも方法にも経験にもまどわされず
この身体を透して音楽するなにものかを信頼して
耐えて耐えて
日々に世界に向かってひらかれてゆく


音は生まれず
音は滅びない
始まりも終わりもない音楽
音楽を創ることはできない
音楽は身の周りにあるもの
隠れてあるなにものかが顕す響の痕
顕れた音は隠れた音がそれ自身に還る響


すべての音はいま過ぎ去った音
音がきこえたとき
いまはない
ここはない
いまここに立っているのはこの身体ではない
この心ではない


どれほど長くいっしょにいても
人は人を理解しない
ひとりひとりの道が出会うことはない
それなのに密やかな音楽がそこに行き交う
人間であることのくるしみをくるしみとしながらも
くるしみがそのままでそこからの解放でもあるような音楽
その音楽はこの身体に覆われ密やかに息づいている
なにものかがこの身体を透して音楽している



高橋悠治



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