リライトキッス、チューリー。

透明なマシンだった。
複雑に組みあわされたパーツが透けて見える。つなぎの部分から煙があがっていた。煙はあがっていなかった。透明な煙があがっていた。煙は透明だったら見えない。透明なマシンは「止まって動く。動いて止まる」を繰り返していたのだ。パーツのところどころから油が染み出ていた。つなぎの部分を終末のステージにする透明な煙が悩ましいくびれをクネつかせていた。見え透いた嘘だった。複雑に壊れたマシンは聞き取れないうめきの声のような破裂音を聞かせた。嘘だった。それは透明だった。透明なうめきだった。マシンはスケルトン素材だったが骨組みは丸見えだった。まさに朝食によく似合うデザートのようだった。マシンは戒められていた。おさない頃にプレスされた思い出ならジャンクにしてきた。道のところどころ転がる空き箱が、マシンをつまづかせた。戒めによく似た爆発音が響かない。色つきのサウンド。無職のハウンド。そうだ、色のない骨組みだけは無事だった。味のしないスケルトンはどうしてそれがスケルトンであることを伝えられるのだろう。
「食べて欲しかったのかもしれないな」
マシンは命じられていた。マシンは全うすべきシステムを稼動させるためのマシンだった。
「いまさらそんな姿を晒すわけがあるかよ」
壊れかけの複雑さは異音も黒煙もたてないものなのか。マシンは動力を枯らすことなく兆しに向けてラッパを吹く。マシンはラッパを吹けなかった。
ちがうよ、「ちゃんと」なんか動いてないんだって。もうアイツはデコボコかつアベコベな部品の組み合わせに過ぎないんだし、なに言ったって無駄さ、あの滑稽ったらスケルトン素材だろう。
マシンの面構えは「異様」の二文字を連想させな、い。
異常を知らせる視覚情報だって一つもな、い。
よくよく見てみるのだ。
透明なマシンだった。
複雑に組みあわされたパーツが透けて見える。つなぎの部分から煙があがっていた。煙はあがっていなかった。ときどきマシンは命じられたコースを外れた。意図的なクラッチではなかった。意図も意思もなかったんだ。朝起きるだろう? 顔を洗う。朝起きるだろう? 顔を洗うだろ、朝起きてから顔を洗うまでに空白があるだろう。あれとさ、おなじことだ。マシンは朝になるよりはやく夢の尾を刈った。橋でないものを渡り、箱でないものを掴んだ。聴衆をあざけるかのように二度ほど痙攣した。その後わずかな沈黙をもって、えいえんに命令の系から離れた。モノトーンのコースだった。敷き詰められたブロックは白と黒のグラデーションだった。マシンは舗装されていた。透明なコースだった。そこから降りたんだ、マシンは。いや、落ちた。
「えいえい」
「いいや」
「や、ここじゃ」って「痺れだった?」
ああ、晩にカレーを望むよ。
「食べやすいように箸を揃えてくれ。もうそのくらいの時間だろう?」
こんなに早くからご苦労さま。見え透いた嘘だね、小鳥も鳴き声を聞かせないぞ、そんな腕前じゃ。やだやだやだここじゃヤ、もっと人目のつくところがいいん。マシンは横腹をよじって笑った。黒い煙がご自慢のくびれに科をつくる。鉄製のギアが啼く。歯と歯のあいだに匕首が刺ささっている。行き場を失ったエネルギーが円盤に悲鳴させる。
うーいいいうううういいいいいいいんんんん
花畑で造花をあびる大柄の老婆がせっせせっせと言い訳を考えている。ちいさな瘤がシャフトに痺れた。
「おはようございます。夕刊です」
勇気の人が刷りたてインクの匂いを運んできた。朝だった。
「有閑だあ、頼んでねー。ちんけなら新聞紙に挟んで枕の下に眠らせた。オレが弱かったからな」
だいぶ眠った。いま何時だ。しずけさでなく鼓膜にザラつく星屑の数が頃合を教えた。昨日からだいぶ眠ったんだ。とじない瞼が妬ましい。どいつもこいつもジャガイモに見えきやがった。なあ、夜はカレーでいいだろう、おれの好きなイワシを焼いてくれ。そしてイの肉は猿に、ワシの骨はあいつの墓に突きたてるんだ。ぜいぜーぜ。息の名残に終りがたわむ。驚いた。驚かなかった。システムは生きていた。マシンも動いている。だがパーツのほとんどは腐りかけで、それを知らずにいるのはマシンだけだった。
「そしたら? おそらく新聞が届く頃になっているし、ぼくもお腹が減っているだろう、わかるかな、そろそろ皿を出してくれないか」
マシンが行く跡、空箱が転がった。屑にした星を思い出していたからだろうか、それでも寒くなかった。マシンは夜でないものにくるまった。マシンは嘘つきを袖にした。なにか青魚の背びれのようなものを匕首にしたマシンだった。くろい油がパーツから染み出す。あかりのない夜道。そこに魑魅の幌はなく「箸置きにはイワシの小骨を」てんてんてんてんてんてん。じょうずに組み合わされ猿の骨が墓の複雑さを知らせた。転がる空き箱だ。マシンの軌跡だった。見守る者? いるはずもない。人の鳴き声のない星の下だ。涙は屑になり、嘘が誇り。ひとつ、ふたつ? いいやとてもじゃないが数え切れないんだ。そこはアポロンの砂場だった。壊れたパーツの集積が砂の城だった。ちがった。透明なスクラップ、それがマシンだった。なのにどうだ! 「ちゃんと」動いてやがる! ギアとギアは油にくろく汚れ、マシンが動作するたび伸び縮みするバネは、飴色の錆びで出自を隠していた。「ぎりぎりよ」「苦しー」「むん」。きりきりきり……軋むマシンにまだ息する部品が遺っているとしても、それは預けられた意図からだいぶ遠かった。
そっか。ならデタラメなカップルみたいなもんなんだな。
壊れた部品は別の壊れたパーツと入れ替わり「おまえの名札オレんだよ」なんて、もう誰も言わない。マシンは道を行かず、魑魅を孕むこともなく、だから異音も黒煙もない。わかるよな、マシンが小石につまづけば、透明なボディが斜めにすさむ。いいんだ、そのままでいてくれ。君にキャップあげる。交歓しよう。その君の過去のすぐ近くにある……ないしょの……ぼくの皿割っちゃってくれる? ぼくが欲しいのはバネであって羽根じゃないん。
「冴えてるな、お前」
熔けたハンダが部品を呑みこんでく。
「それは僕への皮肉かな?」
ちょうど今頃、この名からも左様ならダ。頬肉の内に含まれた哂いが、黒ずんだ油だまりにマシンをひらく。ああ、いい匂いだ。