ウルフ読むドッグ。

●二月の書き物だけど





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■2012_0210(FRI)
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欠伸と一緒に鼻水が垂れるワン。腹ばいになって毛布に乗ってると、腹から臍のあたりがほんわりあったかくなって、オーオーオーのナラナラが、桃色アナルあたりからナラっと噴きそうだワンで、もぅいけない! 
さっき、小骨の形したクッキーをおねむとして食べさせてもらったばかりなのに、胃袋があったまると消化がよくなるのか、もう小腹が空いてきていて、このまま夜更かししていたら、どうなるだろうか……新陳代謝のよい我が身が小憎たらしいワン。
尾も脚もいたずらに短小で、さらには強烈なるO脚です。
みんなが笑うナリ。
ナリ、じゃなかった。
みんなが笑うんだワン! 


さっきから、鼻のさきに小さく丸まっている何かがあって、それは鼻の先だから両目をせばめて見るにしても近すぎて、はっきりと何なのかが判らずに居たのだけれど、ここからあたしが退がろうにも四肢を踏ん張ろうにも……どうにも眠気が重たくって、いけなくってだワン、屑なのか埃なのか、それともそうではない何かなのか……まあ異臭もしないし攻撃してくるわけでもなさそうだしって放っておいたら、その小さな丸まりがしゅうううと縮んで、ころっと鼻の先、毛布の上を転げたんだワン。このような真冬に、外は寒いのに、どこからか入ってきた虫だったんだなと、それでわかったんだワン。
おい、おまえ、主さまに、くっつきもっつきだったのかん? なんだよ、まったく。
目の先、鼻の先に小さな命があったんだワン。
驚かせないでよかった。こんな夜は、おのれが驚くほうが、まだいいんだワン。
餌の受け皿に白くこびりついているものは、きっとあれは涎の跡だ。下あごをカチあげるように繰り返し叩き上げて、コロコロした餌を口に運ぶたび、よこ一杯に広がった口の脇から涎がこぼれるんだワン。科学的な光沢のあるサラをぺろつくたンび、鉄の味がするんだよ。そんなこと、主は気づいてないだろうな、ワン。人には味わえない味があって、それが犬を作るんだし、犬の犬たる所以でもあろう、だワン。


遅い時間に吼えると、主に怒れられるんだワン。このさ、嘘みてーに小じんまりした脳みそには、人みたいな記憶容量は具わっていないから(だからって欲しくはないんだけれどだワン)、主に教わったことも命じられたことも……きつく叱られたことも、ずっとなんて覚えていられないし、それに、
「さぁて……こ・れ・か・らぁぁぁぁ……吼えますッ」
なんつー前フリする犬なんか、いないんだワン! ワン! ワン! と、声を大きくして言いたい。けど、かなしいかな犬はそれを語り切るだけの言葉に恵まれておらず(だからって、そんなもん、ちぃとも欲しくはないんだけれど、だワン)、ちぃとばかり声を潜めてヴィブラートを利かせるくらいが堰の山だワン……だから吼えるとしたら、どぅしても突然になるんだワン。それが真夜中だろうと、明け方だろうと……主が誰かと蕩けあって、睦みあって、愛を交わしている最中であろうと……犬にしか聞こえない音というものはあって、部屋に篭る湿り気や潤み、汗と血と涙と涎の混ざりあった匂いなどがあって、廊下や道路には見ず知らずの危うげな足音や物音があって……物陰や色の霞みや、この世に棲んでいるのではない何かの現われに気づいてしまって、それだから、それだから……それだから! ああ、あうあうあうぅぅぅぅぅ! だ、ワンだなんて、まぁたく罪つくりだと思ワン? 
飼い犬とは静寂《しじま》の仇である。


「ちょっと、ブゥちゃん! 叫ばないで! 夜中だよ!」
ほんとッ……あんた、いい加減にしてよ、びっくりするンだからね! と、今宵もまた叱られただワン……ごめん、またやっちまっただぁワ、ワ、ワゥァァィィィ





午前三時を過ぎて、本を三冊パラついただワン。なぜだろう。何度辿ってもタイトルが覚えられなかった。忘れたいことにかぎって脳の襞ゝにこびりついたりするっちゅうのに、まったくなんなんだよ、こん畜生の貧しい脳域に天誅かましたくなるワンだ。書き留めようにも手も指も、そんなふうに細かには動かなくって……そもそも、この赤子の握りこぶしのような肉の塊は手なのか、もしくは四つ全てが足なのか、それすらようわからくなってくる……だから、さめざめと指の間をペロついたりしてみるワンだけれど、それしてるの主ワンに見つかると
「また! ブゥ! 指がアンタ、それやると痒い痒いになるからダメなんだってば!」って叱り付けられるんだワン。
ほとほと、いじけた生まれやねん。
たまに屁でもこかなぁ、犬なんてやってられへん。うち、沖縄生まれのフレンチブルでな。なぁ……沖縄生まれなのにフレンチって……もぉ、そっからして、むっちゃくちゃやろ? 名づけられし矛盾、存在からしてさ、あべこべの総体みたいなもん、いろぃろ引き受けなアカン憐れな短小や。からだなんか毛むくじゃら、それでいてアナルは年中無休で剥き出しやしな、言ってみればアナル24《トゥエニホー》や。桃も菊も、これじゃみぃんな風邪ひくっちゅうねん。あんたの耳元で、真夜中にけったいな咳ぃ聞こえたら、それうちのリベンジやで。おぼえといてワンな。


ポリフォニー。ハーモニー。詠唱、和声的。和音、混声。輪唱。ハモリング、鏡像……ワンワンワン……レイヤードされた透明色、織り重なる精神の襞や袷……内と外にエコーをかける声、そこに行き来する音のあることが後発的に空間を意識させる、そんな拓かれた模様の眺め……漣、紋《あや》、揺れ……そうそうそうだワン、本の話をしていたん。
一冊目はね、いろんな人が喋っている本だったワン。それも、代わる代わる、六人が喋るんだな。作者のウルフは、意味の流れや会話の運び……そういった書き物における「脈絡=約束事」から自在だ。
(自在……として違和感なく結ばれていると感じさせるクオリティに(それから、訳者の川本静子さんの技量と熱意に)彼女の献身ぶりが伺える。国籍と時代を超えたコンビネーション、コラボレーション)


往復。連鎖。連綿。
沸き立ち、沈み、延々と続く、続く運動。
この運動は「する/される」運動でワンなくて、ある出来事が、ある現象が、ある発生や達成が……一定の時間と空間のうちに「継続/持続」することで、あらしめられる「運動」だ。あらしめられた「運動」が、さらに変化、変質、変形しながらも、やはりそれは「運動」であることが納得、了解されるような書き物を読んでいるのだ、という感慨に襲われるんだ。
あー、やっとその気になってくれただワンか? 待ってたよ、襲ってくれるの、遅いんだもん、だワン、みたいな話とは、ちょっと違うけれど。
ああー、左足の裏が痒いなあ。
それは言い換えると実体・現象としての「運動」かもしれない。
(それが、その地点で「運動」と言いうるのか、べつの呼び名が相応しい有様ではなのか、についても考えること)


最中に取り込まれるのではなく、眺められるような……
指で触れられそうな……
そのような、ここからちょっと向こう、あっち、そっちの方にあって、
目視を許してくれる「運動」としてのポリフォニー
軌跡、同時発生的・パラレルとして感じられる声や音の名残……
ワンワン……
この名残に含まれる温もり、声、血、汗、肉、ひずみ、ゆがみ、人……それらの温み。
そうだ。温みがあったんだワン、この本には。


温かさ。温み。温もり。
状況や風景を温かなものとして書き上げるやり方もあるだろうが、たとえば壁や石や雲などは、成体としては生き物のような体温を持っていないので、ワウワウワウ……描写した文章に温もりを感じさせるには、ちょっとしたコツが要るんだワン。それに較べ、心の声は、丹念に、丁寧に汲みあげれば(それが難しいのだワンが)、それだけで温かさが生じる。
そのワケは?
ひとつには、込められようが、留まろうが、発されようが、声は心の血液 ―― という認識が、人々に共有されているからだろう。(前提、観念、体験……)


循環があり、澄みと濁りがあり、注がれ、作られ、生まれ変わる。
洗われ、溢れ、それがまた運ばれ……不可欠な器官によって、意識されずとも隅々まで送り出される……声……心の血……だから、主は犬をどうして叱るのかが、よくわからないのだワン。
吼えるは、声と違うん? 
鳴くと吼えるとでは、これまた違うん?
なんじゃろう。もうちぃと、脳が大きければ、わかったのかもしれん。


この作品は……としか書けないのがさみしい。どうして覚えられないんだろう。手に取るにしても、舐めてみるにしても、パラパラめくっていた本は、主が片してしまったらしくって、もう届くところにないんだ。なんていうタイトルだった? わからんもん。


続けよう。それしかないワン。


この作品は、地球の、世界の「モデル/イミテーション/ジオラマ/ダミー……」というよりは、人が人を眺め、欲し、触れ、思う……そういった情感に具わっている原点や原始の温度、温度として通う何か……犬ではなく、人によれば血や汗として呼ばれるような何か……何かが通う、通い合うという「共感」に結ばれた書き物であるように読めたんだワン。
だから、終わりも始まりもない。
わかってもらえるかなん。
「だから」、ないんだ。
ここには、終わりも始まりも。
はじめから、そこに、そのままあったんだからさ。
ウルフは、それを掬った(救った)だけ。
そうだ。それが、ほんとうに、どれだけ難しいことか。


彼女は書いたワン。
「作品/書物」としての「始まりと結び」はあるものの、あくまでもそれは構造上の切断面であり、読めばわかるように、読み応えとしては結末も開始もなく、読み手ははじめからそのうちにあったように感じられ、読み終えたからといって、そこから出られるわけでもない、ひょっとしたら小説というよりは巡りや定めとした方が適切であるような、そんな稀有な作品を、ヴァージニア・ウルフは書いた。波に喩えた。喩えたそれが、あらたなる波をたてた。


「運動」が向こう側に眺められることと……
読み始めると、物語に吸い込まれ、いつしか揺さぶられていることとは……
矛盾しているんではなくって……


そうかもしらん。
ただ、おそらく矛盾というのは、間違いではない。
矛盾は、認識というメカニズムの動作不良でもなければ、「見る」という生理の不具合でもない。
どちらもあるっていうのは、そんなに不自然なことでは、ないんじゃないかブルブルぐるーワン、だと、とりあえず書いておこう。


人の心情や共鳴を「波」に言い変えて託すこと。
水、泡、粒、光、貝、魚、土……さまざまな物質や様態が含まれ、外側からは、より大きなものの存在に挟まれ、縁取られている「波」が、ひるがえって人の心や声を見つめさせる連なり、うらはらのこと。
それは音波メーターのような形状。
読み進める目や心の動きがスクロールを感じさせるとしても、読感がもたらすテーマやヴィジョンは、あらかじめ設定された水平線を並行位置から撮影し、その画面に垂直なラインが上がっては下がり、下がってはまだ別のところから吹き上がるような印象が止まぬ作品だワンと、犬が言うんだから、きっとそれなりに妥当だ。


岸に、浜に、海に。
なぜに波が湧くかについて、君に、覚えがあるかい。
ワン、ワワン。





まあ、こんなところかな。あと二冊あったけど、もうだいぶ長くなってしまったし、くたびれてきたワン。
ちなみに、上にメモした本にしても、実は五分くらいパラパラ……めくっただけでした。
なので、ごめんなさい、川本さん。そしてウルフさん。
ここに書いたことの全部が言ってみれば妄想だから、どうか信じないでくれだワン。
犬が狼に謝ります。もう頭からボリボリっとヰっちゃってくだされ。


……って、人が悪い? 


いいや、あたしったら犬ですから。アウアウ(不適な微笑み!)。
それに体力的に……犬には五分くらいが限界ヨロシクです。ウルトラマンよりは耐えられるとしても、この星の重力は、ひどく堪えるんだワン。そもそも、夏はからっと乾いていて、冬は冬で過ごしやすくって……そんな避暑地で作り出されたブルジョワのその粋髄みたいなこの犬が、沖縄で産まれたって! どんなんだよ!


ああ、この土地、この星。
いっつも思い。
違った。
いっつも重い。それで、脚もこんなにひしゃげてしまったんだワン。


ウルフもホイットマンランボーも、あと棚に置きっぱなしのあれこれも、まだまだ読み込みたい気持ちワンなのだが、そうそう昨日です、読み物のワンを変えることにしたばかりワンなので、しばらくワンまでだな。ワン。残りワンに、明日から入る。いよいよワン的なワンに、入るナリ。……入るワン。


明確な目的、自律的かつ説得的な物量による研鑽、情熱に湧かせるイマジネーション、それから「ここはいらない、ここまで、これだけはやる」という思い切りと割り切り。そして、先人たちへのリスペクトとリレーションシップ。
昨日やったピカ・ワン・ソこと歴史的な巨根(……きゃッ)についてのまとめ読み ―― 生まれ、生い立ち、若かりし頃から、酒と薔薇……数え切れぬほどの娼婦と関係を持っていたピカ・ワン・ソ、スペイン時代終盤からフランス暮らしのはじまり……ワンカ・サヘワン・マスとの友情と死別、そしてワンのブルー ―― は、なるほど学び取るってこうやればいいのかーと知れた、強烈なイニシエーションだったワン。


ぐりぐりされて顔があげられなかったので、どんな人だったのか表情は見られなかったけれど、あたしの頭をなでながら、
「いいかい、渡された襷を繋ぐんだよ」と声をかけてくれた人がいた。
あれは肉厚で……あたたかくて、安らぎと勇気を湛えた、そんな掌の抱擁だった。
だけれどさ、御覧のとおり、あたし犬よ……と無言でいるしかなかった。


そりゃあ、やっぱり悲しいし、無性にね……やりきれないけれど、だって仕様がないじゃない。この身にかけるにしたって、襷? それはいくらなんだって、自力じゃかなわなくって、犬が自分で襷をかけたら、それってもう、かなり危ないでしょ?(犬笑) 
白だか黒だか、足だか腕だかわからないこの四つ又は、床を押さえて体を運ぶくらいがいいところだし、もし襷で体に輪をかけられたとしたって、石や砂利……藪だとか星にひっかけて、千切ってしまうが、定められたオチ。だからあたしワン、いまこうして腹ばいで、毛布の上に居るンだ。
ベッドの脇に、小さく丸まった生き物が、無駄に固そうで可笑しい。
さっきから、声だかなんだかわからないものを喚き、呻き、漏らしっぱなしの主のほうが、あたしよりよっぽど獣めいていると思う。アート、イート、イート、あー、いー、オート、おぅおぅおぅ、イート、オート、イートイートイート、ああいい、うーうぅ、アートアートイー……しか言えない、肉と欲の獣たち。なんともいえない匂いがする。きみがいま、絡まりあっているその人って、ほんとにきみが、きみが思うような人ですか。ああ、よかった。よかった、ああ、そうだ、そうだと思う。犬だから、声なんか、言葉なんかないんだ。よかった。スガスガしい顔だ。だって、それだからこそ皮肉、主にむけて皮肉、口にせずに済むのだもの……ワン! なんてね。ときどき、わざと叱られてみることがあります。あうう。コロッケ食べたいぁ。