モロッコ、小古のうた、食べ物、写真
シベリアの夜空には、まばゆいばかりの大きな星がいつまでもまたたいている。
道ばたには矢印のついた道標が立っており、いっぽうには「ヨーロッパ」、もういっぽうには「アジア」と書かれていたものである。
―― 『ドストエフスキー論』シクロフスキー(水野忠夫訳)
(映画『モロッコ』より)
ベルリンで生まれたマレーネ・デートリッヒは、実父を病気で、継父は第一次世界大戦で亡くした。バイオリンを学ぶために入った音楽学校では、手首の怪我で夢に破れている。
『モロッコ』はデートリッヒのハリウッド・デビュー作だ。
舞台に現れたデートリッヒの姿に、金持ちの軍人とその情婦たちが
背もたれのない椅子の肘掛に、あさく腰を落とした彼女は、鷹揚と、恬然と、くわえ煙草をふかす。
立ち上がり、歌う。
ひとは誓いあう
愛に惑わされ
ひとは魅力的で
女を幸せにする
それは春の宵が言わせたいこと
やがて美しいときは過ぎ去り
愛は花とともにしおれる
残されたのは苦しみとあふれる涙だけ
恋が終わり
あなたの愛が消え去るとき
なぜ悲しむの
とおい昔の夢を
愛の日々は遠ざかり
色あせてしまった
わびしさだけを残して恋は終わる
シャツ、タイ、燕尾服、シルクハットに革靴の
「シャンパンをどうぞ、お嬢さん」
物珍しさと歌声の魅力に拍手がわく。
デートリッヒは客席ではにかむ女に近づくと、シニョンに束ねられた黒髪から
「いただけます?」
益荒男な口づけ、ふたなり、あからさまな倒錯。
舞台はモロッコ。
北アフリカの北西、ヨーロッパの正夢、その此岸だ。
(歌詞/映画『モロッコ』)
(小古のうた/其の四)
『よく煮えてくれた鳥のトマトソース』
じっくりかけた手間は必ず活きる、と書いたのはいつだったか。
たまねぎをみじん、朔切りと二種類用意し、みじんぎりは強火と白ワインで一気に炊く。
焦げる手前で取り出し、洗ったフライパンで鳥、ブロッコリー、フレッシュトマト、キャベツ、そして朔切りのたまねぎを、ブレンドさせた調味料と白ワインを注しながら炒める。
トマト缶を煮込む前に、この下拵えをするだけで、ぐっと奥行きのあるトマトソースに仕上がる。
もちろん、鶏肉や野菜に下味をつければ、さらに広がりのあるソースになる。
旨みだけじゃない。
時間と手をかけただけ、作った料理に込み上げるのだ、親しみや愛しさが。
おそらく、これが極めつけのスパイスだ。
『キウイソース』
デザートはジャムでいただく自家製ヨーグルト。
気温や室温の差で菌の活動量や醗酵の度合いに違いが生じるのだろうか。
秋も終わりに近づいて味が変わった。
夏季よりも柔らかくて優しい。
甘く、しかし過ぎず、ほどよい酸味とほろ苦さ、そしてカチ合う奥歯の狭間に小さな癇癪を効かせる種の混じりあった余韻に挽かれるのは、ここでないどこかに実る果肉の
謂わば絶えぬ慕情のようなキウイソースの壜が、じき空になりそうで、もういけない。
(From写真倉庫/http://blog.livedoor.jp/yamamomomo5371/)